僕は藤本侑里さん(声優・ウマ娘プリティーダービー ジャングルポケット役)を1人のパフォーマーとしてとても尊敬している。そしてこれは、僕が長いことファンでいるsuisさん(ボーカリスト・ヨルシカ)に抱く情念ととても酷似していると思ったのでまとめてみようと考えた。
共通してると思ったもの
彼女らに共通していると思うもの。それは「コンテンツの完成に伴う採算に、自身を度外視している」ということ。簡単に言えばめっちゃ実直でめっちゃ真面目。与えられた課題に応える時、彼女らは2億%の力で応えている。
***【今から貴方にはこの砂漠の中を、向こうに見えるオアシスまで移動してもらいます。まぁあのオアシス、本当にあるかはちょっと分からないんですけどw あとこの砂漠至る所に地雷が埋まってます。じゃっよろしくお願いね〜!】***というお願いをされたとして、貴方ならどうしますか?少し考えて見てください。
では、上記の質問に、笑顔でこう答えた人がいたら貴方はどう思うだろう。
「分かりました!じゃあ一旦、全力ダッシュで最短距離を突っ走ってきますね!」
人間誰しも、自分が少しは可愛いものだ。命が懸かっていたら尚更。ただ、彼女らが行なっている事はこれそのものである。
なんかが欠けている…?
彼女らは別に、人生に嫌気が差しているわけでも、いつ死んでも良いと思っている訳ではないのだろう。きっと趣味もあれば好きなものも、人並みに嫌いな事だってある人なのに、コンテンツと自身の線引きだけが緩まっている。不思議なことに全てが非常識な人間よりも、どこか一部分だけがゴッソリと欠けている人間の方が怖いと思ってしまうのだ。そしてその恐怖に見入ってしまう。目を離すことができない。何が起こるのか一切分からない状態でも、コンテンツが良くなるのなら自身のことは二の次のできてしまう。そんな人間だからこそ惹きつけられる。
一度彼女らは今際の際に立ったことがあるのか?と思うくらいに限界を悠に超えるパフォーマンスを披露してくれる。出どころのない疑いの目を向けてしまうほどに、彼女らの歌唱や演舞は恐怖と高揚の両方を覚える。
自己承認の話
もう一つ。彼女らの歌唱や演舞からはm打算的な自己顕示の欲求が見えてこない。彼女らは自ら望んで表舞台に立つことを選んだのだから、他者から褒められたい、認められたいという欲望がない訳ではないはず。なのに、彼女らが一度舞台に上がってしまえば自己という存在がかき消え、ヨルシカのsuis、ジャングルポケットにすり替わるのだ。必要とあらば自己を最大限まで希釈できる術が、人を惹きつけるのだろうか。
全てを曝け出して
全力で生きることの美しさ。これもあると思っている。もちろん彼女ら始め演者、と呼ばれる存在たちも1人の人間である。何かを演じる、歌う事以外の生活も大事な人生の一部分。『体力を失くすなんて以ての外!力の加減ができてこその仕事!』と言われてしまえばそれまでなのだけど、次の日を知らないかのように全ての物事に全力を出し切り(物の喩えであって実際に死力を尽くしてるかは定かじゃないよ)ぶつかる人間を羨ましくそして美しく思ってしまう。これもきっと人間の性なのだろう。その後、熱を出したり体調を崩したりしてまでも見せてくれるパフォーマンスの素晴らしさを知ってしまったら最後、その振る舞いの虜になるのだ。